ワイン好きのご夫婦が営む小さなレストランにお邪魔した時のこと、「死ぬまでに飲みたいワイン」の話になった。
そして、おのおのが思いを寄せるワインについてひとしきり語った後、ふと、「本当に、そのワインを飲むことができるのか?」と思った僕は、自宅に戻り、インターネットを使って、探してみた。
その結果、日本に2本、フランスに2本、オランダに1本、売りに出されているワインを見つけることができた。
そのどれもがとても高価だったが、「今買わないと、次にいつ買うことができるか分からない…」との思いから、思い切って買うことにした。
こうして、僕にとっての「死ぬまでに飲みたいワイン」を手にすることはできたが、今度は、「このワインを、いつ、どこで、誰と、どんなふうに飲んだらよいか?」と考えるようになった。
ワイン好きの社長に声をかけて、祇園のお茶屋さんをそっくりそのまま東京に持って来たようなお店で一緒に飲むのも楽しいだろうし、また、時々お邪魔しているバーの女の子を誘って、湯島天神の石段に腰掛けながら飲むのもいい…。さらに、フランスから家内が一時帰国した際に、「久しぶりに一杯どう?」なんて言いながら飲むのも良さそうだ。
しかし、考えた末に出した結論は、「秋になり、涼しくなったら、新潟の実家に帰って、両親と共に庭を眺めながら飲む」というものだった。
そして先週末、「これから帰ってもいい?」と実家に電話をかけ、ワインを持って新幹線に飛び乗った。
気持ち良く晴れた日の午後、まだ明るいうちに風呂に入り、夕方から飲み始めた。
肴は槍烏賊の大根煮、ずいきの酢の物、そして、実家でとれた獅子唐を炙ったもの。
40年以上の時を経たそのワインは秋の森の枯れ葉のような匂いがし、グラスから立ち昇る香りは、まるで目に見えるようだった。
色合いは鮮やかな赤をとうに過ぎ、褐色になりながらも壜の向こうが透けて見えるほどに褪せていた。
そして、萩の花咲く庭を眺めながら、思い描いていたとおりの景色の中で、心ゆくまでそのワインを楽しむことができた。
翌朝、父が巻き紙に短い文章を書き、母と僕に読んで聞かせてくれた。
突然に男がやって来て
枯草の匂いの古酒を取り出した
滓すの壜底に浮遊する薔薇色の酒は
槍烏賊の大根煮が合うと言う
この時を境に、僕にとっての「死ぬまでに飲みたいワイン」は、「一生の思い出に残るワイン」になった。